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「フランチェスカの鐘」、二葉あき子さん死去

「フランチェスカの鐘」、二葉あき子さん死去




歌手の二葉あき子(ふたば・あきこ=本名加藤芳江=かとう・よしえ)さんが16日午前3時30分、心不全のため広島市内で死去した。96歳だった。広島市出身。葬儀・告別式は18日、広島市内で近親者のみで行う。喪主は孫加藤英紀氏。

二葉さんは東京音楽学校(現東京芸大)卒業後、36年に歌手デビュー。「夜のプラットホーム」「水色のワルツ」などがヒットし、淡谷のり子さんや笠置シヅ子さんらと人気を競った。紅白歌合戦には第1回から10回連続で出場し、55年の第6回は「バラのルムバ」で紅組のトリを務めた。

45年8月6日、広島への原爆投下時、乗車していた列車がトンネルに入り直撃を免れた体験から「『フランチェスカの鐘』などの曲は、戦争で死んだ人たちへの鎮魂歌として歌っている」と語っていた。82年に紫綬褒章を受章。

晩年は難聴に悩まされたが、所属レコード会社の目の前に自宅があり、オフには連日訪れて準備に励んだ。90歳近くまで現役としてリサイタル活動を続けたが「バンドの音に合わせられなくなった」と03年に引退。故郷の広島に戻っていた。

最後のリリースは99年のシングル「星降るデッキで」。歌謡曲、ブルース、シャンソン、演歌まで歌いこなし、生涯のレコーディング曲は約700曲に上った。帰郷後は地元の老人会で熱唱するなど、最後まで歌を楽しんでいたという。



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tag : 二葉あき子 戦前 昭和歌謡

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